はじめに
以前は一時間かかっていた作業が、30分で終わるようになった。
便利になった、と感じる瞬間である。
表計算の転記が自動化された。
文章の下書きをAIが作ってくれるようになった。
請求書も、前回のデータを利用すれば短時間で作れる。
給与計算も、毎月すべてを最初から入力する必要はない。
こうした改善が積み重なれば、仕事は少しずつ楽になっていくように思える。
ところが実際には、
「以前より処理は速くなったのに、なぜか暇にはならない」
ということがある。
空いた30分には、別の仕事が入る。
返信していなかったメールを処理する。
後回しにしていた確認を行う。
別の打ち合わせが入る。
追加の依頼を引き受ける。
一つの仕事が早く終わったことで生まれた時間は、そのまま余裕として残るとは限らない。
むしろ、処理できる量が増えたことで、一日の中へ入ってくる仕事も増えることがある。
「速くなった」と「余裕ができた」は同じではない
業務改善では、処理時間の短縮が分かりやすい成果になる。
60分かかっていた作業が30分になった。
毎日2時間かかっていた集計が数分で終わるようになった。
こうした数字は比較しやすい。
しかし、その後に何が起きたかは見えにくい。
30分短縮されたから、30分早く仕事を終えられたのか。
それとも、その30分に別の作業が追加されたのか。
ここには大きな違いがある。
仕事を速くする技術は、
一つの処理に必要な時間を減らす
ことには向いている。
しかし、
一日にどれだけの仕事を引き受けるかを決める
ところまでは、自動的には行ってくれない。
例えば、メールの返信が半分の時間で済むようになれば、それまで返信できなかったメールにも対応できる。
資料を短時間で作れるようになれば、資料作成を伴う打ち合わせを一件増やせる。
見積書を早く作れるようになれば、その日に処理できる問い合わせも増える。
一つ一つを見ると、確かに効率化されている。
それでも一日全体を見ると、仕事の密度だけが上がっていることがある。
作業時間が減ると、管理する仕事が増えることがある
小さな事務でも同じことが起きる。
前月データを利用できれば、入力は速くなる。
一括処理ができれば、転記作業も減る。
自動計算が増えれば、電卓を叩く時間も少なくなる。
それ自体は良いことである。
ただ、その後に何が増えているかを見る必要がある。
例えば給与計算が一時間早く終わったとする。
すると、
「時間があるなら、この集計もお願い」
「ついでにこの資料も作っておいて」
「来月からこちらの管理もできないか」
という仕事が少しずつ追加されることがある。
追加された一つ一つは小さい。
だから最初は、大きな負担には見えない。
しかし数か月すると、
以前より入力作業は少ないのに、
確認するものが増え、
追いかける案件が増え、
覚えておくことが増え、
終わったかどうかを確認する仕事が増えている。
という状態になる。
つまり、
実行する作業は減ったが、管理する対象は増えた
ということが起こる。
効率化によって減った仕事と、その結果として増えた仕事は、同じ種類とは限らない。
入力や転記が減った代わりに、
確認、追跡、調整、例外対応、完了管理が増えることがある。
ここを分けて見ておかないと、
「こんなに効率化したのに、なぜ忙しいのか」
が分からなくなる。
速くなった仕事ほど、「どこまで終わったか」が重要になる
手作業が多かった頃は、仕事の区切りも比較的分かりやすかった。
帳票を作り終える。
封筒へ入れる。
郵送する。
そこで、一つの仕事が終わる。
デジタル化されると、仕事は細かく連続する。
請求書を作る。
PDFにする。
メールで送る。
送信済みを確認する。
返答を待つ。
修正依頼へ対応する。
さらにAIや自動化によって最初の作成工程が短くなると、その後ろにある確認や調整の比重が大きくなる。
すると、
「作成は終わっているけれど、仕事としては終わっていない」
という状態が増える。
必要なのは、さらに速くすることだけではない。
どこまで進んだら、その仕事をいったん閉じてよいのか。
その区切りを残すことである。
作成済みなのか。
送付済みなのか。
返答待ちなのか。
確認が必要なのか。
一度閉じられる状態が分かれば、新しい仕事が入ってきても、後から元の仕事へ戻りやすくなる。
効率化した時間の使い道は、自動的には決まらない
仕事が早く終わったとき、その時間を何に使うかにはいくつもの選択肢がある。
次の仕事を始める。
確認に使う。
記録を残す。
翌日の準備をする。
後回しになっていた整理をする。
急ぎでなければ、何も追加しない。
どれが正しいという話ではない。
重要なのは、
作業時間が短くなっただけでは、その時間を何へ配分するかまでは決まらない
ということである。
もし短縮された時間が毎回そのまま別の仕事へ置き換わるなら、処理能力は上がっても、現場の余裕はほとんど変わらない。
一方で、その一部を確認や整理へ回せば、後で起きる手戻りを減らせるかもしれない。
突然の問い合わせに対応するために残しておくこともできる。
つまり、効率化によって生まれた時間は、
「空いた時間」
というより、
再配分できる時間
として見た方が実態に近い。
仕事を速くすることと、仕事の量を決めることは別の設計である
AIや自動化によって、一つ一つの作業は以前より短時間で処理できるようになっている。
文章作成や集計、検索、整理といった日常的な仕事でも、その変化は身近になった。
しかし、速くなった分だけ仕事を追加すれば、一日は再び埋まる。
さらに速くなれば、さらに別の仕事が入る。
処理能力が増えることと、余裕が増えることは同じではない。
だから業務改善では、
「何分短縮できたか」
だけではなく、
「短縮された時間に、実際には何が入ったか」
も時々見ておきたい。
GIMCALCが前月データの利用や反復処理を支えるのも、毎月の事務を必要以上にやり直さなくて済むようにするためである。
ただし、そこで生まれた時間を何に使うかまで製品が決めるわけではない。
製品が支えられるのは、反復処理の摩擦を減らし、必要な確認や過去の状態へ戻りやすくするところまでである。
その先で、
次の仕事を増やすのか。
確認に使うのか。
整理に使うのか。
少し残しておくのか。
それを決めるのは、現場である。
もし最近、
「昔より仕事は速くなったはずなのに、なぜか忙しい」
と感じる場面があれば、新しい改善策を探す前に、一度だけ、
短縮された時間に、何が入るようになったか
を見てみてもよい。
効率化は、時間を消すのではなく、時間の流れ先を変えることがある。
その流れ先まで見ることで、今の仕事がなぜ忙しいのか、少し違う形で見えてくるかもしれない。