はじめに
9月1日は防災の日である。
この時期になると、非常用品や避難場所、連絡方法などを確認する機会も増える。
会社でも、データのバックアップやクラウド保存、非常時の連絡網などを見直すことがあるかもしれない。
もちろん、データを失わないための準備は重要である。
ただ、事務の仕事について考えると、少し別の問題もある。
それは、
データが残っていれば、仕事もそのまま再開できるのか
ということである。
データが戻ることと、仕事が戻ることは違う
たとえば、給与計算の途中でパソコンが使えなくなったとする。
バックアップがあり、別のパソコンでもデータを開くことができた。
それなら問題は解決したように見える。
しかし実際には、
- 勤怠は全員分そろっていたのか
- 一人だけ確認待ちではなかったか
- 社会保険料の変更は反映済みだったか
- 手当の変更を入力したか
- 振込データは作成済みだったか
- 給与明細は発行済みだったか
といったことまで、データを開いただけでは分からない場合がある。
請求業務でも同じである。
請求書のファイルは残っている。
しかし、
- 作成しただけなのか
- 内容確認まで終わっているのか
- 取引先へ送付したのか
- 再発行待ちなのか
- 金額について問い合わせ中なのか
という「仕事の現在地点」は、別のところにあることが多い。
つまり、
保存されているデータと、進行中の仕事の状態は同じものではない。
仕事には「途中」がある
事務処理は、完成した結果だけを見ると単純に見える。
給与計算なら給与明細ができる。
請求業務なら請求書ができる。
会計なら入力された帳簿が残る。
しかし、その途中には多くの小さな状態がある。
確認済み。
確認待ち。
入力済み。
未入力。
送付済み。
未送付。
修正予定。
問い合わせ中。
翌日に持ち越し。
こうした状態は、仕事をしている本人にはよく分かっている。
だから普段は特別に記録しなくても仕事が続く。
昨日の続きを今日する。
午前中の続きを午後からする。
少し中断しても、頭の中に現在地点が残っている。
ところが、通常より長く仕事が止まると事情が変わる。
災害に限らない。
体調不良。
担当者の急な休み。
パソコンの故障。
ネットワーク障害。
事務所へ入れない。
担当交代。
こうしたことでも、仕事の連続性は一度切れる。
そのとき必要になるのは、
元のデータだけではなく、どこまで進んでいたかを知る手がかり
である。
バックアップは「記録されているもの」を残す
一般にバックアップは、とても強い仕組みである。
データが壊れたときに戻せる。
誤って消したときに復元できる。
パソコンが故障しても、別の環境へ移せる。
ただし、バックアップから戻せるのは、基本的にはそこに記録されていたものである。
一方、実際の仕事には、
「次に何をするつもりだったか」
という情報もある。
たとえば、
給与データは保存済み。
だが一人だけ勤務時間を確認してから確定する予定だった。
請求書は完成済み。
だが担当者へ確認してから送る予定だった。
会計入力は済んでいる。
だが領収書一枚だけ内容が分からず保留していた。
こうした情報が担当者の頭の中にしかなければ、バックアップを何重に取っていても戻すことはできない。
バックアップの仕組みが悪いわけではない。
そもそも記録されていない情報は、復元の対象にならない。
ここに、データの復旧と仕事の再開の違いがある。
小さな会社ほど「人」が現在地点を持っている
小規模な会社では、一人の担当者が複数の仕事を持っていることも多い。
給与。
請求。
入金確認。
会計。
電話。
来客。
発注。
書類作成。
日々それらを切り替えながら仕事を進めている。
そのため、
「この案件はここまで」
「これは明日確認」
「これは社長待ち」
といった現在地点が、担当者の頭の中に自然に保持される。
これは普段はとても効率がよい。
毎回すべてを書き残していたら、それ自体が仕事になってしまう。
だから、すべてを記録する必要はない。
ただし、
人の記憶だけが仕事の現在地点を持っている状態
は、中断が長くなったときに弱くなる。
これは、単に「その人しか仕事のやり方を知らない」という問題とも少し違う。
やり方は他の人も知っている。
マニュアルもある。
必要なデータも残っている。
それでも、
今回の仕事がどこまで進んでいたのか
が分からなければ、確認を最初からやり直すことになる。
特に月に一度しか行わない仕事では、
「先月どうしたか」
だけでなく、
「今月どこまで進んだか」
も再開のための情報になる。
大がかりな事業継続計画でなくてもよい
防災や事業継続という言葉を聞くと、大きな計画を想像しやすい。
非常用電源。
代替拠点。
クラウド化。
安否確認システム。
詳細なマニュアル。
もちろん、必要な会社では重要である。
しかし、小規模事業者の日常では、もっと小さな準備でも役に立つ。
たとえば、
「今止まったら、明日どこから再開するか」
が分かる状態にしておく。
それだけでもよい。
給与計算なら、
「勤怠確認済み、Aさんだけ確認待ち」
請求なら、
「今月分作成済み、3社未送付」
会計なら、
「8月分入力済み、カード明細だけ未確認」
という程度である。
長い説明は必要ない。
一行でもよい。
再開に必要なのは「次の一手」が見えること
仕事を再開するとき、すべての履歴を読む必要はない。
むしろ分かっていると助かるのは、
- 何を終えたか
- 何を待っているか
- 次に何をするか
という三つである。
たとえば、
「請求書作成済み」
だけでは、送ってよいのか分からない。
しかし、
「請求書作成済み、金額確認待ち。確認後メール送付」
まで分かれば、次の動作が見える。
給与計算でも、
「給与データ保存済み」
だけではなく、
「Aさんの残業時間確認後、全員分を確定」
とあれば再開しやすい。
必要なのは、すべての作業を細かく管理することではない。
仕事の続きを見失わない程度に、次の一手が見えること
である。
「復旧」と「再開」は同じではない
パソコンが使えるようになった。
ネットワークも復旧した。
バックアップからデータも戻した。
ここまでできれば、システムとしては復旧している。
しかし、
「さて、何から始めるのだったか」
となれば、業務としてはまだ再開していない。
つまり、
システムが復旧したことと、仕事が再開したことは別である。
復旧には、機械やデータを元へ戻す準備が必要になる。
再開には、それに加えて仕事の現在地点が必要になる。
この違いを意識しておくだけでも、非常時の準備は少し変わって見える。
防災の日に、ひとつだけ確認してみる
防災の日だからといって、会社の仕組みを全部見直す必要はない。
非常時のためだけに、大きな管理表を作る必要もない。
まずは一つの仕事だけでよい。
給与計算。
請求。
会計。
発注。
何でも構わない。
その仕事について、
もし今日ここで止まったら、明日どこから始めればよいか分かるだろうか。
と考えてみる。
データはどこにあるか。
どこまで終わっているか。
何を待っているか。
次に何をするか。
もしそれが分からないなら、短いメモを一つ残してみる。
残しておきたいのは、データだけではない
バックアップは重要である。
しかし、仕事を再開するために必要なのは、データだけではない。
仕事には流れがあり、
途中があり、
確認待ちがあり、
次の一手がある。
普段は人の記憶が、その流れを自然につないでいる。
だから問題なく仕事が続く。
しかし、何かの理由でその連続性が切れたとき、
「どこまで進んでいたか」
という小さな情報が、再開の手がかりになる。
すべてを記録する必要はない。
すべてを仕組みにする必要もない。
残しておきたいのは、
仕事をもう一度始めるための現在地点
である。
防災の日をきっかけに、
止まったあと、もう一度始められる状態になっているか。
いつもの仕事を一つだけ見直してみてもよいのかもしれない。